世代を超えたフォローで生命予後を改善したい、遺伝性乳がん卵巣がん症候群
2013年に、女優であるアンジェリーナ・ジョリーさんが、The New York Timesに投稿した「My Medical Choice」という記事を知っていますか[1]。この記事で、アンジェリーナ・ジョリーさんは、自身が遺伝性乳がん卵巣がん症候群であり、予防的に乳房を切除したことを公表。大きな話題となり、遺伝性卵巣がん乳がん症候群に対する日本の取り組みの遅れが指摘されました。その後、約10年が経過しました。日本でも、遺伝性乳がん卵巣がん症候群に対する検査や治療が普及しつつあります。今回は、遺伝性卵巣がん症候群についてや今の日本での検査や治療を含めて解説します。
症例提示
30代女性、ホルモン受容体陰性、HER2陰性の乳がんと診断。家族歴に、乳がん、前立腺がんの既往あり。BRCA遺伝子検査をおこない、遺伝性乳がん卵巣がん症候群と診断された。
遺伝性乳がんの中で最も多い、遺伝性乳がん卵巣がん症候群
乳がんは女性に最も多いがんであり、乳がんの5~10%は遺伝性と考えられています。さらに、遺伝性乳がんの中で最も多いのが、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)です[2,3]。遺伝性乳がん卵巣がん症候群は、生まれつきBRCA1遺伝子またはBRCA2遺伝子変異を有する状態をいいます。乳がん卵巣がんとありますが、男性にも起こり得るものです。
なりやすいがんは乳がん、卵巣がん以外にもある
遺伝性乳がん卵巣がん症候群の方は、BRCA遺伝子変異がない方と比較し、乳がんの発症リスクが高まります。BRCA1遺伝子変異の場合、70歳までの乳がん発症リスクは57%、BRCA2変異の場合は49%です[2]。
卵巣がんの発症リスクについては、70歳までに、BRCA1遺伝子変異の場合40%、BRCA2遺伝子変異の場合18%とされています[2]。また、なりやすいがんは乳がん、卵巣がん以外にもあるので注意が必要です。膵がん、男性乳がん、前立腺がんの発症リスクも高くなります。
家族にも影響を与えうる遺伝子検査
BRCA遺伝子検査は、2020年に保険収載を得ました。乳がんと診断された方では、下記の条件に当てはまる場合は、保険が適応されます。
・45歳以下
・60歳以下のホルモン受容体陰性、HER2陰性乳がん
・2個以上の原発性乳がん
・男性乳がん
・卵巣がん
・3親等以内に乳がん、または卵巣がんの既往がある
乳がん未発症の場合は、保険適応とはならず自費での検査になります。
BRCA遺伝子変異が陽性と診断された場合は、原則、遺伝カウンセリングが必要です。遺伝カウンセリングでは、疾患が患者に与える医学的・心理的影響や家族に与える影響を理解する手助けがおこなわれます[2,3]。日本において専門職である遺伝カウンセラーは、まだ少ないのが現状です。よって多くの施設では、医師が中心に遺伝カウンセリングをおこなっています。
BRCA遺伝子変異は、親から子へ、2分の1の確率で引き継がれます[2]。BRCA遺伝子変異ありと診断された場合、半分の確率で、兄弟や子供もBRCA遺伝子変異を有するということです。そのため、BRCA遺伝子検査は、結果によって家族に影響を与えるものであることを、検査前に伝える必要があります。
ついに保険適応となった遺伝性乳がん卵巣がん症候群のリスク低減手術
がん未発症の乳房や卵巣を予防的に切除する手術を、リスク低減手術と呼びます。乳房のリスク低減手術は、2020年に乳がんと診断された乳がん卵巣がん症候群に対し、保険適応となりました。乳がん発症者の対側乳房に対するリスク低減手術は、乳がん発症の低下、生存率の改善が認められています[2]。しかし日本の各ガイドラインでは、医療者から勧めるものではなく患者の意思でおこなうことが、原則であると注意書きされています[2,3]。リスク低減手術をおこなわない場合は、乳房の造影MRIによるフォローアップ検査を保険診療で年に1回受けられます。[3]。なお乳がん未発症の場合、リスク低減手術やフォローアップ検査は現在も自費診療です。
臨床試験がすすむオラパリブ(リムパーザ®)
BRCA1またはBRCA2遺伝子の変異を持つ乳がんは、PERP阻害剤に高い感受性を有することが示されています[2]。乳がんガイドラインでは、遺伝性乳がん卵巣がん症候群のHER2陰性再発乳がんで、アンスラサイクリン系抗がん剤とタキサン系抗がん剤をすでに使用した場合、PERP阻害剤であるオラパリブの使用が推奨されています[2]。またオラパリブは、遺伝性乳がん卵巣がん症候群の、HER2陰性早期乳がんに対する術後治療でも、iDFS(浸潤性乳がんのない生存期間)の延長を示しました[4]。現在、OS(全生存期間)の観察が継続されています[3]。
遺伝性乳がん卵巣がん症候群を拾い上げる意味
遺伝性乳がん卵巣がん症候群を拾い上げるということは、患者または家族に乳がんなどの発症リスクが高いことを事前に知り、対策ができます。そして、予後の改善が期待できるということです。もし、がんの既往がある方を診察する機会があれば、ぜひ病歴や家族歴を尋ねて下さい。あなたの問診が、患者と家族の予後改善につながる可能性があります。
執筆:Hidallas@乳腺科
[1]My Medical Choice.https://www.nytimes.com/2013/05/14/opinion/my-medical-choice.html(参照2022-3-9)[2]日本乳癌学会 乳癌診療ガイドライン.http://jbcs.gr.jp/guidline/2018/,(参照2022-3-9)
[3]遺伝性乳癌卵巣癌症候(HBOC)群診療ガイドライン.https://johboc.jp/guidebook_2021/,(参照2022-3-9)
[4] Tutt A.N.J et al, Adjuvant Olaparib for Patients with BRCA1- or BRCA2-Mutated Breast Cancer, N Engl J Med 384;25