乳がんは寝ている間に転移する?!

乳がんは寝ている間に転移する?!
2022年6月、Natureに「The metastatic spread of breast cancer accelerates during sleep」という、興味をそそる題名の論文が掲載されました[1]。乳がんの転移は寝ている間に促進されるとはどういうことでしょうか?論文を紹介します。

Natureに掲載された乳がんとサーカディアンリズムの研究
この論文は、スイスでおこなわれた乳がんとサーカディアンリズムに関する研究結果の報告です。サーカディアンリズムは、概日リズムや体内時計とも呼ばれ、約1日で繰り返される体の生理的現象のことです。

これまでも、サーカディアンリズムと腫瘍形成についての報告はありました。しかし、サーカディアンリズムと転移の関係性については、ほとんど解明されていませんでした。特に、がんは常に転移を起こしているのか、サーカディアンリズムに沿って転移をしやすい時間帯があるのかについては報告がありません。そこで、研究者らは、血中循環腫瘍細胞(CTC)の挙動に注目し、乳がんはいつ転移するのかを研究しました[1]。

CTCとは血液中に循環している腫瘍細胞
CTCとはcirculating tumor cellの略で、固形がんにおいて原発巣や転移巣から血液中に放出され、循環している腫瘍細胞のことです。原発巣から遊離したCTCは血液中を循環後、遠隔臓器に達し、転移巣を形成すると考えられています。

早期乳がんでは、CTC数が多いほど予後が不良です。また、再発乳がんでは、CTCは遠隔転移巣の特徴を反映すると考えられています。そのため、体液を採取し、その中に含まれるがん細胞由来の物質を解析するリキッドバイオプシーとしての役割も期待されています[2]。

以下が、CTCが転移巣を形成するまでの経過です[3]。
①原発巣から血管内へCTCが放出される
②CTCが血液中を循環する
③免疫細胞からの攻撃などを回避した一部のCTCが、遠隔組織の血管壁に捕捉され、血管外に出る
④転移先臓器の微小環境に順応できたCTCが転移巣を形成する

CTCは休息中に増加した
本研究ではまず、研究者らは30人の乳がん患者より、活動中(午前10時)と休息中(午前4時)に採血をおこないCTCの数を測定しました。その結果、休息中の方がCTCの数が多いことがわかりました。

そして、結果の普遍性を確認するために、マウスに乳がん細胞を移植したマウスモデルを使い同じ実験をおこなっています。すると、マウスモデルでも、休息中にCTCの数が多いことがわかったのです。

マウスモデルでは、休息中のCTCの数は活動中の6〜88倍も増加していました。また、サーカディアンリズムを持たないように遺伝子操作をしたマウスでは、野生型のマウスと異なり、CTCの数に変動は見られなかったのです。これらの結果から、CTCは継続的に原発巣より放出されるのではなく、休息中に放出されやすいことがわかりました。

さらに、研究者らは、活動中と休息中に採取したCTCを同量混ぜ、尾静脈より活動中と休息中のマウスへ投与しました。すると、休息中のマウスへ投与した方が多くの肺転移を形成することがわかったのです。肺転移を形成した細胞のほとんどが、休息中に採取したCTC由来でした。つまり、休息中の方が、CTCが形成されやすいだけでなく、CTCの転移能力も高まっていることがわかりました[1]。

サーカディアンリズムで制御されるホルモンがCTCを制御する
では、休息期と活動期のCTCでは何が違うのでしょうか。研究者らは、CTCの数と転移能力に違いをもたらす分子学的特徴は何かを調べることにしました。

そこで、マウスより休息期と活動期にCTCを採取し、それぞれをsingle-cell RNA sequencingにかけました。すると、休息期のCTCでは、細胞分裂にかかわる経路が一貫して活性化していたのです。乳がん患者より採取したCTCでも同じ結果が得られています。

さらに、乳がんの原発巣とCTCを増殖マーカーであるKi67で染色すると、休息期ではKi67の著しい上昇が見られました。つまり、休息中には原発巣でもCTCでも、細胞分裂にかかわる遺伝子が高発現していることがわかったのです。

研究者らは、休息期にCTCの数と転移能力を高めるマスターレギュレーター(遺伝子発現経路における最上位の遺伝子)は何かを同定するために研究を続けます。そして、サーカディアンリズムに制御されるホルモンの受容体の発現に着目し、RNA sequencingの結果を解析しました。

その結果、グルココルチコイド受容体、アンドロゲン受容体、インスリン受容体の発現がCTCで高発現していることが判明します。そこで、休息期のマウスに、グルココルチコイド受容体のリガンドであるデキサメタゾンを投与すると、CTCの数は減少しました。同様に、アンドロゲン受容体のリガンドであるテストステロンやインスリンの投与でも、CTCの数が減少することがわかっています。

以上のことから、乳がん細胞の転移能力は、サーカディアンリズムで制御されるホルモンの日内変動によって決定されることが明らかになりました[1]。

時間を考慮した治療アプローチが必要か
この研究では、乳がん細胞が転移する過程で、サーカディアンリズムがかかわっていることが初めてわかりました。これは、乳がんの治療に時間を考慮したアプローチが必要である可能性を示唆しています。

研究者らは、例えば、夜間に効果が最大になるなどの時間を考慮した治療が有効かもしれないと述べています[1]。Natureの論文は、簡潔にまとまっており読みやすいので、興味がわいた方はぜひ読んでみて下さい。

執筆:Hidallas@乳腺科

[1]Diamantopoulou et al. The metastatic spread of breast cancer accelerates during sleep. Nature. 2022, 607(7917):156-162
[2]Tellez-Gabriel et al. Current Status of Circulating Tumor Cells,Circulating Tumor DNA, and Exosomes in Breast Cancer Liquid Biopsies. Int. J. Mol. Sci. 2020, 21: 9457
[3]Eslami-S et al. The Metastatic Cascade as the Basis for Liquid Biopsy Development. Front. Oncol. 202, 10:1055.