「抗がん剤の投与前から気持ち悪い」予期性悪心の治療を解説

抗がん剤による副作用のひとつである悪心、嘔吐のコントロールは、治療を継続していくためにとても重要です。今回は、悪心とはいっても、制吐剤では治療しにくいとされている「予期性悪心」について以下の事例をもとに紹介します。

<事例>
30代女性、腋窩リンパ節転移を伴うステージⅡ乳がんに対し、術前化学療法としてAC療法(ドキソルビシン/シクロホスファミド)を開始した。初回治療後3日目まで、悪心による食欲低下あり。その後、悪心は消失したが、2クール目の前日より悪心が出現。予期性悪心と診断し、ロラゼパムの内服を開始した。その後、悪心は軽減し治療を継続。

予期性悪心の発症メカニズムは条件反射
予期性悪心とは、実際に抗がん剤を投与していないにもかかわらず、投与前から生じる悪心のことをいいます。以前の抗がん剤投与時に悪心、嘔吐を経験したことが原因です。発症メカニズムは、パブロフの犬で有名な「古典的条件付け」と呼ばれる条件反射です。ロシアの研究者パブロフが発見したもので、ベルを鳴らした後に犬に食事を与え続けていると、ベルを鳴らしただけ(条件)で、食事がなくとも唾液分泌が生じます(反射)。

予期性悪心の場合は、例えば、抗がん剤のことを考えたり来院したりしただけ(条件)で、抗がん剤投与がなくとも悪心が生じる(反射)ということです。予期性悪心の発症リスクは、抗がん剤投与の回数が多くなるほど高くなります。経験を繰り返すことにより、条件反射が起こりやすくなるからです。また、予期性悪心の条件反射には、不安が寄与しているともいわれています[1]。

条件反射により発生する予期性悪心には、発症リスク因子がいくつか報告されています。代表的なリスク因子は、以下のものです[1]。
・50歳以下
・女性
・乗り物酔いしやすい
・妊娠中のつわり

予期性悪心の治療は前日と投与前のベンゾジアゼピン系抗不安剤の内服
予期性悪心には、制吐剤の効果は乏しく、ベンゾジアゼピン系抗不安剤の内服が有効とされています[2,3,4]。また、内服のタイミングが重要です。具体的には、ベンゾジアゼピン系抗不安剤であるロラゼパム錠(ワイパックス錠®)0.5~1.5mg/回、またはアルプラゾラム錠(ソラナックス錠®)0.4~0.8mg/回を、抗がん剤投与前日夜と、投与1~2時間前に内服します[2]。なお、高齢者では低用量から内服を開始することがおすすめです[2]。

イシヤクでは、ロラゼパム錠、アルプラゾラム錠ともに、中間型の抗不安剤と紹介されています。イシヤクにも記載されていますが、もし不安が強く、連日投与が数か月にわたり続いた場合は、離脱症状が出ることがあります。長期間にわたり内服した後、中止する際は徐々に減量することが必要です[2]。

 

予期性悪心に対する非薬物療法はまだ一致した見解が得られていない
予期性悪心は、条件反射や不安という心理的機序により発症するため、不安を取り除くための非薬物療法も有効とされています。特に、脱感作法や催眠は、以下のガイドラインですすめられています[3,4]。
・NCCN(National Comprehensive Cancer Network)
・MASCC(the Multinational Association of Supportive Care in Cancer)
・ESMO(the European Society of Medical Oncology)

しかし、日本では実施できる施設が限られているのが現状です[2]。

他にも音楽療法や鍼治療、指圧などの有効性も報告されており[3]、近年ではマインドフルネスによる介入なども研究されています[5]。しかし、ASCO(the American Society of Clinical Oncology)のガイドラインには、非薬物療法に関する記載はありません[6]。各団体で非薬物療法に対する見解は異なっており、引き続き研究が必要とされています。

予期性悪心の予防には初回治療の悪心対策を万全にしよう
予期性悪心に対する薬物療法、非薬物療法は重要です。しかし、医療者がおこなうべき最も大切なことは、初回の抗がん剤投与時に悪心、嘔吐を起こさせないことです[2,3]。条件反射のもとになる経験がなければ、予期性悪心は起こりません。
予期性悪心は、実際には20%程あるとされていました。しかし、近年の制吐剤の進歩により抗がん剤投与時の悪心、嘔吐が軽減し、現在は2.3%以下にまで減少しているとの報告もあります[2]。予期性悪心を生じさせないために、予定している抗がん剤の悪心、嘔吐リスクを把握しましょう。そして、初回治療からの適切な悪心、嘔吐対策が重要です。

予期性悪心は予防が大切、治療はベンゾジアゼピン系抗不安剤と覚えておこう
まれに遭遇する、予期性悪心の発症メカニズムや治療について紹介しました。予期性悪心を生じさせないためには、初回の抗がん剤投与に対する悪心、嘔吐対策を適切におこなうことが大切です。もし、予期性悪心が出現した場合は、前日夜と当日の投与前にベンゾジアゼピン系抗不安剤の内服を処方しましょう。

執筆:Hidallas@乳腺科

[1]Kamen C et al,Anticipatory nausea and vomiting due to chemotherapy,European Journal of Pharmacology,2014,722,172-179
[2]日本癌治療学会がん診療ガイドライン制吐療法,http://www.jsco-cpg.jp/guideline/29.html,(参照2022-1-27)
[3]Razvi Y et al,ASCO,NCCN,MASCC/ESMO:a comparison of antiemetic guidelines for the treatment of chemotherapy-induced nausea and vomiting in adult patients,Supportive Care in Cancer,2019,27,87-95
[4]Dupuis LL et al,2016 updated MASCC/ESMO consensus recommendations: Anticipatory nausea and vomiting in children and adults receiving chemotherapy,Support Care Cancer,2017,25,317-321
{5}MindfulnessJonathan J. Hunter, A randomized trial of nurse-administered behavioral interventions to manage anticipatory nausea and vomiting in chemotherapy, Cancer Medicine, 2020,9
[6]Hesketh PJ et al, Antiemetics: American Society of Clinical Oncology Clinical Practice Guideline Update, JOURNAL OF CLINICAL ONCOLOGY, 2017,35,28,3240-3261