「乳がん術後の腕で採血をするとリンパ浮腫になる」は本当?

リンパ浮腫予防のために、乳がん術後の患者さんでは患側上肢の採血は避けるように、と聞いたことはありませんか?さらに、患者さんには、患側上肢で血圧測定をしてはいけない、重いものを持ってはいけないなどの説明もされていることがあります。これらは本当なのでしょうか?今回は、乳がん術後の患者さんが、リンパ浮腫予防のために本当に気を付けるべきことについて学んでいきましょう。

リンパ浮腫では、水だけでなくたんぱく質も間質に貯留している
リンパ系は、水やたんぱく質、中性脂肪、白血球などから構成されるリンパ液を輸送する導管ネットワークです。何らかの理由でリンパ液の輸送が障害されると、間質にリンパ液が貯留しリンパ浮腫が生じます。リンパ浮腫は、間質に水だけでなくたんぱく質も貯留しており、間質に水のみが貯留する通常の浮腫とは異なる状態です[1,2]。

リンパ浮腫は、先天的にリンパ系に異常が生じて起こる原発性リンパ浮腫と、リンパ系の損傷や閉塞により起こる二次性リンパ浮腫にわけられます。二次性リンパ浮腫の多くは、フィラリア病か、悪性腫瘍の外科的なリンパ節切除や放射線治療などに関連するものです。乳がんは外科治療で、腋窩リンパ節に対しセンチネルリンパ節生検、またはリンパ節郭清をおこなうことが多く、二次性リンパ浮腫をきたす代表的な悪性腫瘍です[1]。

リンパ浮腫は発症すると完治が困難と言われています。一方で、適切なリスク管理で発症を抑制することが示されているため、予防が重要です[1,3]。しかし、過剰な行動制限は、患者さんのQOL低下やストレス増加になりかねません。今まで経験的に指導されてきた制限事項が、本当にリンパ浮腫の原因になるのか解説していきます。

「乳がん術後の腕で採血」は禁忌ではない
「乳がん術後の患側上肢からの採血がリンパ浮腫の発症リスクになるか」について調べた研究のひとつに、2016年にJCO誌に掲載されたFergusonらの報告があります。Fergusonらは、乳がん術後の632人を対象に、前向きにリンパ浮腫のスクリーニングと採血などの回数チェックをおこないました。その結果、Fergusonらは、採血とリンパ浮腫の発症に有意な関連はないと報告しています[4]。

The Lancet Oncologyからは、Fergusonらの報告も含めたシステマティックレビューが出ています。症例報告も含めた1955年から2016年の論文が引用されており、採血とリンパ浮腫発症に関連ありとするものが約半数、関連なしとするものが約半数という結果でした。そして、関連ありとする論文の多くが、症例報告や後ろ向き研究です。そのため、採血とリンパ浮腫の発症を関連付ける直接的な証拠はないと結論付けられています[5]。

このように、近年は患側上肢からの採血は可能という見解が広がってきているのです[7]。なお、採血時の駆血帯や血圧測定時の圧迫についても、リンパ浮腫発症と大きな関連はないと報告されています[6,7]。

「乳がん術後の腕で重いものを持つ」も禁忌ではない
「乳がん術後の患側上肢で重いものを持つことがリンパ浮腫の発症リスクになるか」についても、多くの研究がおこなわれています。乳がん診療ガイドラインでは、ウェイトリフティングとリンパ浮腫の発症に関するランダム化比較試験が紹介されています。試験では、ウェイトリフティングでリンパ浮腫の発症率は増加しませんでした[3]。

また、Cheemaらは2013年までに発表されたランダム化比較試験の結果をまとめています。そして、ウェイトリフティングなどの筋力トレーニングは、リンパ浮腫の発症を低下させ、症状の重症度を悪化させないと結論付けました。近年は患側上肢の安静ではなく、適度な運動が勧められています[8]。

リンパ浮腫発症の危険因子は感染と肥満
では、本当に気をつけるべきリンパ浮腫発症のリスク因子とは何でしょう。

1つ目は患側上肢の皮膚感染症です。感染による炎症によって血管透過性が亢進すると、水とたんぱく質が大量に間質に漏出し浮腫を生じます。リンパ液がうっ滞した状態は、細菌の増殖に最適な環境です。すると、感染が助長されて、リンパ系の機能がさらに障害されることにより、リンパ浮腫として症状が顕在化します[6]。そのため、皮膚感染症を起こさないためのスキンケアは、さまざまなガイドラインで最も強調されている推奨事項です[1,3,7]。

2つ目は肥満です。リンパ浮腫の発症とBMI高値の関連性について調べた研究は多数あり、肥満が上肢のリンパ浮腫発症のリスク因子であることはほぼ確実です[1]。脂肪組織が増加することで、リンパ管の圧迫やリンパ液の増加が起こり、リンパ系の能力が損なわれることに起因するとされています[9]。そのため、標準体重を維持することもリンパ浮腫発症の予防に重要です。

リンパ浮腫の適切な予防法を広めよう
従来、リンパ浮腫の予防のために避けられてきた、患側上肢での採血や血圧測定、重いものを持つなどの行為への見解が、変わりつつあることをおわかりいただけたでしょうか。特に「患側上肢での採血が禁忌ではない」ということは、患者さんだけでなく医療者のストレス軽減にもなるかもしれません。ぜひ、適切な知識と予防法を広めていきましょう。

執筆:Hidallas@乳腺科

[1]がん診療ガイドライン. http://www.jsco-cpg.jp/(参照2022-5-31)
[2]伊古美文隆ら.リンパ管・リンパ節動態学の最近の進歩.脈管学.2008,48,113-23
[3]日本乳癌学会 乳癌診療ガイドライン.https://jbcs.xsrv.jp/guidline/2018/index/gekaryoho/g2-bq-9/(参照2022-5-31)
[4]Ferguson et al. Impact of Ipsilateral Blood Draws, Injections, Blood Pressure Measurements, and Air Travel on the Risk of Lymphedema for Patients Treated for Breast Cancer. J Clin Oncol. 2016, 34(7),691-98
[5]Asdourian et al. Precautions for breast cancer-related lymphoedema: risk from air travel, ipsilateral arm blood pressure measurements, skin puncture, extreme temperatures, and cellulitis. Lancet Oncol. 2016,17,e392–405
[6]Schmitz et al. Weight Lifting for Women at Risk for Breast Cancer–Related Lymphedema. JAMA. 2010,304(24),2699-705
[7]リンパ浮腫診療ガイドライン2018年版.https://www.js-lymphedema.org/?page_id=2954(参照2022-5-31)
[8]Cheema et al. Safety and efficacy of progressive resistance training in breast cancer: a systematic review and metaanalysis. Breast Can Res Treat. 2014, 148(2), 249-68
[9]Varghese et al. Secondary lymphedema: Pathogenesis. Journal of Skin and Sexually Transmitted Diseases. 2021,3(1),7-15